03/06/2026
[春雨物語]
『天津をとめ』
本文
嵯峨のみかどの英才、君としてたぐひなければ、み代おし知らせ給ひしなり。万機をこゝろみ給ふに、唐土のかしこき文どもを、取えらびて行はせ給へば、み世はただ国つちも改まりたるやうになん人申す。皇女の御すさびにさへ、「木にもあらず草にもあらぬ竹のよの」、または、「毛を吹き疵を」など、口つきこはごはしくて、国ぶりの歌よむ人は、おのづから口閉ぢてぞありき。
上皇、わづかに四とせにて、おり居させ給ひしを、下なげきする人も少からざりき。「今ひとたび取かへさまほしくおぼしおぼしぬらん」と、ひたひあつめて申しあへりとぞ。
嵯峨のみかどもおぼしやらせて、御弟の大伴の皇子を太子に定めたまひて、上皇をなぐさめ給へるは、「これぞたふとき叡慮ぞ」と人申す。
やがてみ位おり居させて、嵯峨野といふ山陰に、茅茨剪らずのためしして、うつらせ給へりき。
これは、先帝の平城の結構を、この邦にては例無し、瑞籬ふし垣の宮居にかへさせしなるべし。されど、長岡はあまりに狭くて、王臣たち、家を奈良にとどめて、通ひてつかふまつるもあり。民はまいてなりしかば、これはあやまりつとおぼして、今のたひらの宮を作らせて、うつらせ給ふなり。土を均して百しきついたて、豊岩真戸、くし岩窓の神々にねぎことうけひて、うつらせしかど、人の心は花にのみうつり栄ゆる物なれば、いつしか王臣の家、殿堂の大いさ、奈良の古きに復させたまへば、老いたる物知りは、「賈誼が、三代のいにしへをしのびて、『まつり事あらためさせよ』と申せしを、賢臣らいさめ奉りしは、まことなりけり」と、漢書のそれの巻さぐり出だして、今をあふぎ奉りしとなん。
上皇おり居の宮に、若う花やぎ給へば、ただ参る者に、「もろこしのふみよめ」とすすめたうぶ。草、隷よく学び得させ給ひて、多く海舶の便りに求めえらばせし中に、空海を召して、「これ見よ、王羲之がまことの筆なり」と、しめし給へば、おろして見奉り、「これは空海がかしこに在るうちに、手習ひし跡なり。これ見給へ」とて、紙のうらをすこしそぎて、見せ奉りしに、「海が筆」としるし置きたるに、御ことなくて、ねたくやおぼし成りにけん。空海は手よく書きて、五筆和上といひしは、書体さまざまに書わかちけんかし。
訳
嵯峨天皇の英邁ぶりは、君主として稀有なものであったので、その御代を美事に治められたのであった。あらゆる政を執り行う際に、唐土の優れた文献を取り寄せ前例を撰び出して実行させられたため、その御治世はあたかも国土が改まったかのようだと人は口々に云った。皇女が詠まれる歌さえも、「木でもなく草でもない竹の世の」とか、また「毛を吹いて疵を探す」などと、調子が無骨で、本朝風の歌を詠む人は、自ずと口を噤んでしまう有り様だった。
上皇が僅か四年で退位なさったのを、こっそり歎く人も少なくなかった。「今一度、帝位を取り返したいと思われておられるのでは」と、額を集めて囁き合ったとのことだ。
嵯峨天皇も上皇の御心を忖度なさって、御弟の大伴皇子を皇太子とお決めになり、上皇のお気持ちを慰撫されたのは、「これこそ尊い叡慮というものだ」と人々は褒め称えた。
その後退位なさると、嵯峨野という山陰に、茅葺屋根の端を切らない例えに倣って、お移りになった。
これについては、先の天皇の平城京の造作を、この国には前例がないとお考えになり、瑞籬、節垣の質素な宮殿に戻そうとなさったのであろう。それでも長岡京はあまりに狭く、天皇の下臣達は、家を奈良に置いたまま、長岡まで通って出仕する者も多かった。民草においてはましてや引っ越してくることもなかったので、これは失策であったと覚られ、現在の平安京を造らせてお移りになられたのである。土地を均し、石を敷き詰め、豊岩真戸、櫛岩窓の神々に祈願して、移られたものの、人の心は往々にして華やかなものに惹かれがちであるから、いつしか臣下の家、御殿の規模も、奈良の旧都の姿に戻されたため、年老いた物知り達は、「賈誼が先の三王朝の昔を偲んで、『政治をお改めになるよう』と進言したのを、賢臣達がお諌め申し上げたのはまったくもって正しかった」と、漢書のその故事が記載されている巻を探し出して、昨今の現状に嘆息したという。
上皇の退位後の御殿は、若々しく華やいでおり、ひたすら参上する者に、「唐土の書物を読みなさい」と推奨なさる。草書、隷書をよく学ばれて会得され、名筆の数々を遣唐使に持って帰らせた中にあった一枚を、空海をお召しになり、「これを見よ。王羲之の真筆である」とお示しになったところ、空海は降ろして拝見し、「これはこの空海があちらに留学しておりました際に、手習いとして書いたものです。これをご覧ください」と云って、紙の裏を少し削いでお目にかけると、「海の筆」と記してあったため、黙り込んでしまわれ、おそらく妬ましく思われたのではあるまいか。空海は達筆で名高く、五筆和尚と呼ばれたのは、様々な書体を見事に書き分けたゆえであろう。